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相変わらず讃岐うどんの根強い人気が続いている。これはこれで至極結構なことなのだが、困ったことに他県にある様々な企業が絶好のビジネスチャンスとばかりに、「讃岐うどん」の看板を大々的に掲げたうどん店の展開をはじめたことである。
讃岐(香川)とは何の関係もない業者が勝手にうどんを製造して、ご当地うどんを名乗るとは少々おこがましいのではあるまいか。
この辺で一本線引をしておかないと、将来看板に偽りありと消費者から苦情の一つも出て、本当に困るのは香川県ではないのだろうか。
できれば「認定証」のようなお墨付を発行して、店内に掲示を義務づけることも一つの方法であろう。
コピー組、便乗組などちゃっかりした金儲け集団が、讃岐うどんをだしにしてひと儲け、ひと暴れしようという輩には困ったことである。
讃岐うどんの普及になることには賛成だが、まずい低レベルのうどんもひっくるめて、"さぬきうどんでござい"と叫んでも、それは犬の遠吠えでしかないわけである。
岡山市にはるやま商事という紳士服専門店があるが、昨年からセルフうどん店を展開し順調に売上を伸ばしているとのことだ。
年間5〜10店舗のベースで出店を続け、全国に100店舗を目標に進めたい意向を持ち、紳士服店との複合型うどん店も検討しているようだ。
香川で定着しているセルフ型を導入、店名も「かま玉」とまぎらわしい。こんな感じで食品業界や全くの異業種から進攻を企て、いま"宝の山"となっている讃岐うどんビジネスでひと山あてたいのことである。
こうした傾向は燎原の火のように広まってくることが予想されるため、早い段階で何らかの手を打たねばならない。
いまや「讃岐うどん」は一種のブランドとなって定評を得ており、「信州そば」などと同様に高い価値観が出てきた。この背景には、香川産の小麦を使い地元の水や塩を素材にうどんを作り、だしも伊吹島のいりこをメインにこんぶ、鰹節でさぬきらしい味を出すわけである。
つまり讃岐の県産品にこだわりを持ち、地元で修行した職人が伝統的な練り方をしつつ提供する。
これがどこの誰かわからない人間が、無手勝流でうどんを作り提供したのでは、本当に美味しいものはできっこない。それを「手打ち讃岐うどん」の看板をあげて商売をしてもらったのでは、原産地である香川の看板が泣くのではあるまいか。
折角ここまでブランド価値が高くなってきたのだから、これをもっと大切に守り続ける努力を惜しんではならないということである。
ブランド力波及に規制も必要
うどん王国は香川(讃岐)であるが、そば王国はやはり長野(信州)であろう。信州そばは本場だけあって店も無数あるが、その点数はかなり辛く上位を占める店は少ない。
県外からのお客にはまず信州そばでおもてなしというのが慣習になっているが、近頃は混ぜものを入れそば粉の少ないのも結構あり、本物の信州そばが意外に少なくなってきた。奇しくもそばの本場で十数年間生活し、無数にそばを食す機会があったがそれぞれ味は千差万別。最高に満足したのは戸隠山の麓にある"戸隠そば"で、冷たい岩清水で冷やした本物のそばは秀逸だった。
もっとも同地はそばの代表的な栽培地であるだけに、おいしいのは当然のことだが、いまだに忘れられない味の一つとなっている。
店の構えも民芸風の落着いたもので、一つの雰囲気を醸し出している。
そばとうどんはまさに格好のライバルであり、東京を中心とした関東地区はそばが圧倒的な強味を持っていた。接待用によく使われるが、一度神田の老舗そば店へ入ったことがある。江戸っ子はそばを食べなきゃ夜も日も明けない、といわれるぐらい熱烈なそばファンが多いとか。
それがいまは本家の東京で讃岐うどんが進攻し、シェアを高めている現象も現代の一つの流れだろうか。
手軽で安く速いといった三拍子揃ったうどんは、スピードを好む現代人にピッタリかも分からない。
21世紀のファーストフードとして爆発的な人気を博しているが、この背景にはデフレ現象下の手軽な軽食として、またマックなどのハンバーガーに食べ飽きた人たちには新鮮に映ったということだろう。
今後うどんブームがいつまで続くのか。お釈迦様でもご存知あるまいが、県外でのコピーうどんはある程度規制するか、「讃岐うどん」の名称使用については厳しく規制するぐらいの対応は必要だろう。どこの地でどんな素材で適当に作っても、看板が「讃岐うどん」では生みの親弘法大師さまも泣くのではないか。
ブームの波及はブランド力を押し上げてくれるが、品質の低下だけはどんなことがあっても避けるべきである。 (本誌編集長 中西 稔)
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