コラム せとうち

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抜粋記事

 一度壊れかけたものを元通りにすることは、余程の技術と執念がなければ難しい作業である。
 いま日本列島は壊れたり、壊れかけのものが沢山あるため、この再生復活という仕事が一躍クローズアップされてきた。最近の事例で一つ感心したことがあるので紹介したい。
 一つは、くまもと阪神社長の丸本文紀氏で、廃業を決めた熊本岩田屋を継承して「くまもと阪神」が再スタート、約半年あまりを経過し順調に売上げを伸ばしているということだ。再生の担い手として乗り込んでいったのが、ある住宅メーカーの社長をしていた丸本氏で、熊本出身であるところから白羽の矢が立った。
 地元名門高校の野球部に在籍していたため、ガッツのあるトップとして従業員の意識改革を図り大いなる成果をあげている。
 最初にやった仕事が七千万円かけてトイレの改修をしたとのことだ。
 「住宅の営業に比べれば百貨店の営業なんて楽なものです。お客さんの方からお店へ来て頂けるんだから」
 百貨店としての旧い考え方を捨てて住宅販売で培った積極営業で、店内に活力を呼び込みライバルの鶴屋に追いつこうと努力している。経営母体が阪神百貨店のためタイガースの優勝も一つの追い風になっていることは否定しないが、一人のトップが従業員に危機感を植えつけ、お客様に接する喜びを改めて知らしめたところに、大きな収穫があった。
 二つ目は、6月に民事再生法の適用を申請した老舗メーカーの福助魔フ再生である。
 知名度は高かったもののこれに安住して改革、新商品の開発を怠ったツケが、会社の崩壊につながった。
 会社のイメージもやや古めかしいし、新時代のニーズに応える商品作りが手遅れになっていた。
 破局後、再生を引き受けたのは百貨店の伊勢丹にいた著名なバイヤー、藤巻幸夫氏その人であった。
 アパレル業界でもその名声は圧倒的評価を受けており、この人を選択したことは正解であった。
 いわば再生仕掛人という存在であったこの人物が抜本的な改革、再生に取り組んでいるというから、今後楽しみだし大いに期待も持てる。
 こうした情熱を持った人物が一人二人出現しないことには、難事業である再生、復活への道は険しい。

県下でも再生への道は開けた

 香川県下でも同じように再生に着手している企業も多く、やはり目的意識を持った気鋭の人物によって再生への道が描かれてきた。
 ことでんなどはそのよい事例であるが、香川日産自動車社長だった真鍋康彦氏のねばり強い改革の志が見事に結実して、乗降客の信頼を回復し確かな足取りで復活してきた。
 この陰には、百十四銀行から馳せ参じた植松俊彦代表取締役専務らの補佐役としての役割も立派だった。
 一朝一夕にいかない、腐りきっていた体質に活を入れ従業員の意識改革に成功したことが、現在の正常な軌道を走る"ことでん"に変化した。先般も電車、バスに乗ってみたが、以前と比べてまさに"月とすっぽん"、接客サービスがグレードアップしていた。全く嘘のような本当のことだ。
 真鍋社長が私心を捨てて郷土香川のために尽くそうという誠意が通じたのか、見違えるほど改革が進んだ。
 あとは効率化、近代化を図り、採算性の高い交通輸送企業に仕上げることだろう。
 レオマワールドの再生についても香川の活性化に情熱を注ぐ(株)加ト吉加藤義和社長と(株)マルナカ中山芳彦社長の参画によって、ようやく来年春のオープンに向け門戸が開かれようとしている。長期に渡り放置されていた大型施設が蘇るとともに、県民始め近県の人々に喜ばれる大型レジャー施設が復活することは、香川が元気を回復する時期にもなるだろう。
 一度クローズしたものを掘り起こすのは容易なことではない。採算的にも当分の間は妙味もないだろう。
 それでも敢えて"火中の栗"を拾うと言うことは、相当な度胸と真剣な取り組みが求められる。県民もこの対応にこぞって利用するということで応えなければならない。それがせめてもの感謝のしるしでもある。
 ゴルフ場も経営が芳しくなっている。母体企業の破局によって倒れた高松スポーツ振興CCは、あなぶき興産グループの善意によって再生が見事に実現した。アルファ津田CCと改称、低料金システムで多くのゴルフファンを吸収し、滑り出しは上々だ。かくして各地によるバブルの残影は、心ある人々の"志"によって損得を抜きにして次々と正常な状態に戻りつつある。
 あとはゴールドタワーの活性化、SARASで沈静化した小豆島の活力回復などがどう展開するか。再生への道は険しいが道筋は見えてきた。   (本誌編集長 中西 稔)

   
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