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NHKテレビの番組「プロジェクトX」は毎回楽しみに見ているが、10月21日(火)放送の「男達の不屈のドラマ瀬戸大橋」は、興味深く拝見した。サブタイトルは「皆が惚れた指揮官杉田・暗黒潮流に挑む」。
昭和63年4月1日、瀬戸大橋が見事に完成したが、この巨大プロジェクトの工事責任者として、自ら先頭に立ちリーダーシップをとった杉田秀夫氏(丸亀市出身)の、大橋建設に賭けた男としての生き様を描いたノンフィクションだった。惜しくも62歳で死去したが、大橋建設秘話としていまだに語り継がれている"男の中の男一匹"であった。
高さ15メートルの巨大ケーソン(橋台)据え付けに当たって、速い潮流の中を自ら潜水服を着用して水へ潜り、自分の眼で漁場の状況を確認した。
個人的には不幸があり34歳の若さで夫人を亡くし、3人の娘を男手一つで育て上げるなど不屈の闘志を見せ、関係者から尊敬と共に、人間杉田の高い評価があった。
こうしたエピソードをベースにして、当時西日本放送がテレビドラマ化し「四国が島でなくなる日 男ありてこそ」(渡瀬恒彦主演)として、全国放送され大きな話題になった。
今一度これをビデオ化して、ぜひ関係者やホテル、旅館業者に見てもらいたいものである。あらゆる艱難辛苦を乗り超えて瀬戸大橋が完成したことを、いま一度想起して今後の対策を考えて欲しい。
杉田氏の信念は「男は常に沈着冷静であらねばならない」とし、やり遂げる執念は常人のそれを超越していたという。
大橋を生かす観光戦略においても、建設に全力を傾注した杉田氏の不屈の信念を継承して、観光部門での杉田氏のような人物が出現して欲しかった。いるにはいたが、県の中枢にあって全県下へ号令を掛けるポストにある人物が不在だった。
このため関係者は"目標を持たない烏合の衆"と化し、それぞれが勝手に自己流の受け入れ体制をしたものだから、バラバラでまとまりもなく遂に県外客の不評を買う結果になってしまったのである。
もし、その当時県の観光協会が現在のようにキチンとした組織になり、観光面や経済全般に熟知した人物が指揮をとっていたなら、もっとロングランでの大橋ブームが現出していたかもわからない。いやそうあって欲しかった。
要はただ単にビジネスライクに処理するだけでなく、「瀬戸大橋をベースに香川の活性化を実現しよう」という強い情熱を持った仕掛け人の存在が不可欠であった。
しかし、そういう人物も不在で、試行錯誤ばかり目立つ中でうやむやのうちに、ブームはあっけなく終息してしまったのである。千載一遇のチャンスを逃してしまった。かえすがえすも惜しい出来事であった。
大橋建設に当たった杉田氏は、命がけで先頭に立ち頑張った。
そうした情熱を観光や活性化に生かし、突破口を切り開く勇気ある人財がいなかった。
平成16年は元気の出る年に
来春再開を予定して目下開園について諸々の準備を進めているレオマワールドも、加藤義和社長の郷土愛を現地で具現化するためには、やはり目的意識に燃えた一人の男が必要なのである。
誰かが粉骨砕身当たらねば決して前へ進まない。再生の場合は新規オープンの時よりも何倍もの神経を使うものだが、現地での指揮官には単なる人事異動ではなく、「よし、この仕事をライフワークの一つとして最大限の努力をしたい」という、燃える男が介在しなければならない。
このたび10月末をもって(株)電通西日本高松支社長の岡内義美氏がリタイアしたが、乞われてレオマワールドの運営会社へ入社し、新たなスタートを切ることになった。
広告業界の王者電通に35年間の長きに渡り在職。瀬戸大橋博、花博などの大型のプロジェクトを担当してきた風雲児的存在であった。
この情熱を継承してレオマの再生に注力すれば、かなり内容の濃い施設に生まれ変わる期待感もある。適材適所の人選というべきだろう。
新しく設立された香川県観光開発柾務取締役というポストで、縦横無尽の敏腕を奮えば見事再生することは間違いない。
瀬戸大橋建設に情熱を燃やした杉田氏に負けないパワフルな意気込みで事に当たれば、自ら道は拓け地域再生に道筋をつけてくれることだろう。暖かい目で見守っていきたい。
平成16年はいままでにはなく香川は元気の出る年になりそうだ。レオマワールドの再開とともに、金刀比羅宮の大遷座祭、高松シンボルタワーの完成とサンポートホール、国際会議場の竣工、全国海づくり大会の開催と、大型イベントが目白押しの状況になる。あくまでも冷静に対処して一筋の曙光を見出して欲しいものである。 (編集長 中西 稔)
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