コラム せとうち

表紙・目次
抜粋記事

 高松発午前9時21分のマリンライナー18号に乗った。JR四国が新しく製造した2階建のグリーン席。窓外に見える景色は殊の外美しく見え、視界も広いため人気も高いのがよく理解できた。
 坂出駅を出て間もなく瀬戸大橋上に差しかかった。春まだ浅い3月であったが、ブルー一色に映える海面は、春のもやにかすみ点在する黒い島影とともにまさに一幅の絵画。思わず見とれてしまった。
 小島の間を縫って白い航跡を残して進む小型船舶の群れ。大型タンカーもいつの間にか波間に消え次第に船舶の往来も激しくなってきた。
 すばらしい世紀の大橋完成によって、高松哩ェ山間はマリンライナーで結ばれて大変便利になった。階段を必死で走り、大きな荷物を抱えた人たちが我先に席取りに奔走したあの日は、もう還ってこない。一瀉千里に岡山駅へ一時間で滑りこむ利便性は、過去の事情を知る者にとっては、全く夢物語。嘘のような本当の話になった。
 美しい瀬戸内海はこの沿岸に生活する者にとっては、大きな福音をもたらし美的感性を子供の頃から養ってくれた。その恩恵は何物にも代え難い財産でもあった。
 宇高連絡船なら約一時間かかった船の旅が、坂出からマリンライナーに乗れば海上も15分余で児島へ到着する。時間的には大いに短縮されたものの、高松と岡山の二つの都市を結ぶ接点はマリンライナーに依存度が高く、現実は瀬戸内海という巨大な壁に阻まれ往来がスムーズではなかったのである。
 岡山はやはり本州圏に位置するため、九州、関西、中京、関東エリアと直結する強味を持ち、四国へはあまり視野に入れていない。
 瀬戸大橋が完成しても通行料金の高さが大きな壁となって立ちはだかり、距離を縮めることはできなかった。何しろ瀬戸内海という巨大な自然は、本州と四国の一体感をなんとなく阻害していることは事実だ。
 今年瀬戸内海は国立公園に指定されて約70年の長い歴史を持つが、悠久の今に至るもこの大自然の姿は変わらない。
 岡山はじめ中国側との交流なども至って難しく、長い歳月を経た今もそんなに進歩しているとは思えない。経済・文化・生活に至るまで、それぞれの歴史と慣習を大切に守っているため、また本質的に異なっているせいか交流、提携は、文字通り絵に描いた餅に終わっている。
 岡山側から進出したのは百貨店の天満屋、おもちゃ王国、香川側からはマルナカが現地では成功の部類に入っているぐらいで、これまた全体的には低い。香川から岡山へ出店して挫折したところも結構多い。
 マスコミはテレビ各社が岡山へ進出先を設けているほか、銀行も百十四、香川の両行が支店を開設しているものの、中国銀行(本店=岡山市)が香川県下でネットしている支店数よりはるかに少ない。
 かつて岡山からトマト銀行が高松支店を設けたが、雄図空しく撤収している。信販ではKSKカードが撤退するなど、苦戦している。

近くて遠い両県の厚い壁

 確かに岡山は指呼の間にあるものの、瀬戸内海の壁は厚くそして高い。
 香川から「よーし、岡山でひと旗あげてやろう」と勢いこんで進出するが、何故か成功率は低い。
 テレビ放送は民放5局を見ることができるため、絶えず両県のニュースや情報は自然に入ってくる。
 耳学問の方はしっかりできているが、いま一つ馴染まないのはどうしたことだろうか。
 県民気質の格差は如何ともし難いが、海一つ隔てた二つの県は想像以上に距離がありそうだ。
 それだけ毎日のように岡山県内のニュースを見ていると、石井岡山県知事にも親しみを覚えるが、単にテレビの中に出てくる人物として見るだけで終わってしまっている。
 本来ならもっと両県の交流、協調性があってもおかしくない。
 岡山県の魚としてサワラを大々的にPRしているが、香川でもサワラは沢山とれるしよく味わっている。
 桃太郎伝説などは、本来高松市鬼無地区がルーツだと思うし、鬼を征伐した女木島は現存している。
 当時の海賊を鬼に例えたわけだが、住み処だった巨大な洞窟がある女木島は、別名鬼が島とも呼ばれていた。それがいつの間にか岡山が桃太郎の産地になってしまい、JR岡山駅前には桃太郎の像まで建立され、桃太郎通りなども命名されている。些細なことではあるが、こうしたことも両県の間にはすきま風を吹かしているのかもわからない。
 近くて遠いなんとかで、岡山-香川は瀬戸内をはさんで仲よく対峙はしているが、海の壁を乗り越えてもっと交流しては如何なものか。
 広島毎、媛は水中翼船で結ばれ、結構往来しているらしいが、瀬戸大橋やフェリーを使ってもっと交流を増やせば、それなりのメリットは出てくるのではあるまいか。(編集長 中西 稔)

   
Copyright2000(C)Kagawa Keizai Report All Rights Reserved.